サイホンの説明の2つの立場

Oxford English Dictionary にあるサイホンの記述を正しくないと指摘する研究者の話がニュースになっていた。その後のTwitter でのやり取りを見ていて、サイホンの話は、理解するために頭に思い描くモデルや、それによって強調するポイントに違いが出る面白い例と思ったので簡単にまとめてみようと思う。

まず、サイホンの説明だけど、記事になったOEDではなくて New Oxford American Dictionary に書かれている次の定義が正解だと思う。重力と大気圧の役割を二行の中で簡潔に説明している。
a pipe or tube used to convey liquid upward from a container and then down to a lower level by gravity, the liquid being made to enter the pipe by atmospheric pressure. =「管中の液体は重力により高いところを超えて低い方へ運ばれる。その間、大気圧により管の中は液体で満たされる。」
問題があるかもしれないOEDなどの辞書だと「大気圧が」という言い方になっていて、重力については書かれていない。日本の広辞苑は「大気圧を利用して」となっているが、利用という言い方だとどのように動作するのかまで言っていないのでセーフかもしれない。でも、重力は出てこない。

問題は「重力」か「大気圧」かという単純な2択ではない。ほぼ同じ問題だけど、水の張ったコップに注射器をいれてピストンを引くと水が注射器に吸い込まれるが、この理由として、「ピストンを手で引いたから」と「大気圧があるから」のどちらかを選べと言われたら困らないだろうか。この場合、手で引くところは当たり前だが、大気圧が無いと水を吸い込めないということも大切だ。日常生活を大気圧の下でおくっている自分としては、こういう問題を考えたときにこそ大気圧の存在を感じる良い機会なので、サイホンにしろ注射器にしろ「大気圧の役割」を強調しておきたい。

しかし、サイホンの本質を取り込んだ抽象的なモデルを考える時は別の立場がある。まず、管に「普通の液体」が満たされている状況を考える。この普通の液体とは、自分たちが日常で知っている液体で、圧力を多少変えてもほとんど体積が変わらない液体だ。それは沸騰していない静かな流体。これを逆U字の管に入れてサイホンを作った時、管の中での「普通の液体」の振る舞いを、よりイメージしやすい「切れない紐」に例える事ができる。すると、高い所の水源までの短い管中の水は短い紐に、長い方の管中の水は長い紐に例えられるので、中央を滑車にすると両側の紐の重さの違いで紐が片方に落ちる状況が想像できる。この置き換えは明らかにサイホンの動作を理解しやすくする。そして、重さの違い、つまり重力がサイホンの動力ということが分かる。その流量も両側の重さの差にだいたい比例するだろう。このモデルの中で、大気圧は「普通の液体」の後ろに隠れるので、あまり重要ではないと言える。

オーストラリアの研究者の論文は、この重力による動作原理を説明することがメインテーマだったようだ。指摘された辞書の筆者のほうは、大気圧の役割を強調する立場だったのだろうと想像する。