Stokesian Dynamics のレビュー記事から

2001年の物性研究に掲載された市來さんのレビュー

市來さんがブログに、物性研究に掲載されたStokesian Dynamicsレビューの英語版を予定されているとの事だったので、気になっていた事をツイッター経由で質問してみた。

レビュー記事について質問があります。mob形式とres形式は前者が希薄、後者が高濃度が得意とはどういう事でしょうか?両者とも、多重極展開なら希薄で良くなると思うのですが。

これは Stokesian Dynamics が登場する経緯についての一節から。

1980 年代、高濃度 suspension の振舞を数値的に計算しようという機運が高まっていた。しかし Brownian dynamics は、そのたたいて気な抵抗力が特に粒子濃度が高い場合に singular な振舞を引き起こしてしまう事が知られていた。この状況で Brady & Bossis (1984,1985)[14,15] はどうすればこの粘性抵抗を 2 体相互作用の重ね合わせでうまく表現できるかを模索した。 Stokes 問題の線形性から選択肢は必然的に mobility 形式、つまり速度を重ね合わせで表現するか、あるいは resistance 形式、つまり力を重ね合わせで表現するかのいずれかであった。経験的に、mobility 形式は希薄な極限でよい近似であり、resistance 形式は高濃度でよい結果を与える事は知られていた。こうした混乱した状況は Stokesian Dynamics 法 [16] の出現により解決された。

そして早速回答を頂いた(約10年前に書かれたものを、原稿も見ずにすぐに反応できるなんてすごい!)

まず、多重局展開は(ぼくが記事で書いてるものは)速度場に関するもので、必然的にmob形式(だけ)ということになります。

行列の形で多体問題を表現する方法として、 mobility形式と resistance形式があります。これらは、当然、等価なものの、別の表現です。

道具として使おうとしている自分にとっては、線形な Stokes 方程式から出発した帰結として各粒子へのドラッグ力と各粒子の速度の関係が線形結合が与えられているので、mob形式とres形式の両者が等価という意識が強かったです。

これらの問題、あるいはmob行列やres行列の具体的な形を計算するのは、多体問題なので、大変なので、簡単に計算したいということで、2体近似の重ね合わせで何とかならないか、というのが、ここの部分での(歴史的な解説としての)話です。

当該部分の「mob形式」という言葉は、したがって、速度場の多重局展開から、粒子の disturbance の影響が別の粒子に及ぼす影響を取り入れる、という意味の2体効果が入った「mob形式」というのが、正確な意味です。

まさにこの具体的な導出の違いから両者を区別するという意識が抜けていました。

当然、これは希薄な極限で(のみ)正確になるものです。一方の「res形式」と言っているのは、粒子間の力を重ね合わせて表現する、というナイーブな状況をイメージしてもらうといいです。ふつうの粒子法(MDとかDEMとか)がやってることです。

ここは少し引っかかります。一般的な粒子の運動方程式を解く問題の相互作用は、確かに 2 体間力ですが、粒子 1 と粒子 2 の間に働く力 F_{12}、粒子 1 と粒子 3 の間に働く力 F_{13} など 2 体間力を足し合わせて合力として粒子 1 に働く力が得られ、それから運動が決まります。しかし、ここでの res 形式は、 粒子 1 の速度を各粒子に働く力の線形結合で表現するという意味ですよね?(修正:2011-02-14T22:45:02+09:00→)粒子 1 に働く力を各粒子の速度の線形結合で表現するという意味ですよね?これは「粒子間の力を重ね合わせて」ですか?(追記:書く時に勘違いしていました。今とっさに修正しましたが、後でゆっくり考えてこの部分再度質問してみます。)

Stokes flowの場合(も)、粒子が接近した場合、力が特異になる(とびぬけて大きくなる)ので、その寄与が支配的になり、その部分だけとりこめば、結構正確な記述ができます。そう言う意味で、「res形式」は粒子濃度の高い場合に正確な記述と成ります。

記事での表現は「mobility 形式は希薄な極限でよい近似」と「resistance 形式は高濃度で良い結果を与える」と「近似」と「よい結果を与える」の2つを使い分けられていたのですね。「寄与が支配的」という意味がわかりました。(コロイド凝集体のように粒子間の相対速度が小さく粒子が接近している場合はどうでしょうか?)

「res形式」の具体的なものは、2体の厳密解のres表現のこと、物理的には lubrication の寄与(力の特異な部分)ということになります。

「res形式」の多重局展開はないのか?という問いは、意味があるかな?Jeffrey-Onishiの厳密解は(resもmobも) 1/r 展開になっているので、その意味で、低次の打ち切りでは、希薄極限でのみ正しい「res形式」ってのも有りますね。

ここで2体の1/r 展開の打ち切りを例に出されたという事は、多体問題を res 形式で多重極展開するという試みでうまくいったケースはないのですね。

Stokesian Dynamics の魔法のようなトリックの、簡単な種明かしをしようと、変に言葉を切りすぎた表現に成っていたかも知れないですね。でも、以上のような状況だ、ということです。また、どんどん鋭い質問、してください。(と、ここまで約15分 10:36)

質問はいつも勘違いからですから決して鋭くないです。むしろ恥をかく事の方が多いですが、自分にとって勉強になるのでこういう機会はありがたいです。今回も、「2 体相互作用の重ね合わせ」の模索について知らなかったため意識に残らず、その後の「系経験的に」以降を一般論として読み違えての質問でした。